大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)499号 判決

上告人

市川久夫

右訴訟代理人弁護士

横山国男

外一六四名

被上告人

日本食塩製造株式会社

右代表者

冠木四郎

右訴訟代理人弁護士

馬場東作

外五名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人横山国男、同陶山圭之輔、同三野研太郎、同木村和夫、同陶山和嘉子の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点及び第三点について。

論旨は、要するに、ユニオン・ショップ協定に基づく解雇については、除名が無効な場合には解雇も無効になると解すべきであるにもかかわらず、除名の効力と解雇の効力とは関係がないとした原判決は、ユニオン・ショップ協定の効力についての判断を誤るものであり、また、本件解雇は、労働協約及び就業規則に定められた解雇基準に当たらず、なんら合理的理由のないものであつて、権利濫用として無効と解すべきであるにもかかわらず、この点についてなんら説明のない原判決は、判決に理由を付せず、理由に齟齬があるというのである。

思うに、使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。ところで、ユニオン・ショップ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失つた場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化をはかろうとする制度であり、このような制度としての正当な機能を果たすものと認められるかぎりにおいてのみその効力を承認することができるものであるから、ユニオン・ショップ協定に基づき使用者が労働組合に対し解雇義務を負うのは、当該労働者が正当な理由がないのに労働組合に加入しないために組合員たる資格を取得せず又は労働組合から有効に脱退し若しくは除名されて組合員たる資格を喪失した場合に限定され、除名が無効な場合には、使用者は解雇義務を負わないものと解すべきである。そして、労働組合から除名された労働者に対しユニオン・ショップ協定に基づく労働組合に対する義務の履行として使用者が行う解雇は、ユニオン・ショップ協定によつて使用者に解雇義務が発生している場合にかぎり、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当なものとして是認することができるのであり、右除名が無効な場合には、前記のように使用者に解雇義務が生じないから、かかる場合には、客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がないかぎり、解雇権の濫用として無効であるといわなければならない。

本件についてこれをみるに、原審が適法に確定した事実によれば、訴外化学産業労働組合同盟日本食塩支部は、被上告会社との間に「会社は組合を脱退し、または除名された者を解雇する。」とのユニオン・ショップ条項を含む包括的労働協約を締結していたところ、昭和四〇年八月二一日、上告人に対し、同人を組合から離籍した(この離籍をもつて実質は、除名であるとした原審の判断は正当である。)旨を通知するとともに、被上告会社に対してもその旨を通知したので、被上告会社は、同月二四日、右ユニオン・ショップ条項の規定によつて上告人を解雇する旨の意思表示をしたというのであるから、離籍(除名)の効力いかんによつては、本件解雇を無効と判断すべき場合があるものといわなければならない。しかるに、上告人が、本件離籍は無効であり、したがつて右ユニオン・ショップ条項に基づいてした解雇は無効であると主張したのに対し、原審が、本件離籍(除名)の効力について審理判断することなく、除名の有効無効はユニオン・ショップ協定に基づく解雇の効力になんら影響を及ぼすものではないとして、上告人の主張を排斥したのは、ユニオン・ショップ協定に基づく解雇の法理の解釈を誤り、そのため審理不尽におちいり、ひいては理由不備の違法をおかしたものというべきである。したがつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は右の点につき更に審理を尽す必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(小川信雄 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊)

上告代理人横山国男、同陶山圭之輔、同三野研太郎、同木村和夫、同陶山和嘉子の上告理由

第一点

原判決は、上告人が解雇通告をうけた昭和四〇年八月二四日当時被上告人会社と労働組合との間に、ユニオン・ショップについての協定が存在したことを認定しているが、これは甲第二十八号証の覚書に記載された「成文化され又は成文化されていない労使諸慣行を尊重する」との文言の解釈を誤り、会社・組合間の意見交換書(乙第二十四号証、同第二十五号証)、或は従業員が本工採用と同時に組合に加入しているとの事実を基礎にこれを認定している。

然しながら右意見書或は従業員の組合加入の問題は、ユニオン・ショップ条項の存在を認める根拠とはなし得ないものである。

右意見書は労働協約ではなく、またユニオン・ショップは慣行として存在しているとすることはできないからである(労働協約における債務的効力の慣行化という考え方はおかしい)。

労働組合法第十四条により、専ら会社・組合の署名又は記名押印のある文書(甲第二十八条)以外にその判断の資料とするものはない。

この点原判決は右第十四条の解釈を誤り採証法則に違背した違法がある。

労働組合法第十四条は、労働協約の成立要件として、書面による作成と、当事者の署名或は記名・押印を定めているが、これは協約の効力の及ぶ範囲などの点から、特に意思確認を明確にし、法律関係の画一化、安定化を考えて要式性をもたせたものである。

この点から甲第二十八号証の覚書をみるに、これはいわゆる「労使慣行」を尊重することを定めただけであつて、この文言からユニオン・ショップ条項までも含めたものと解することは到底できない。

この覚書のみを以て従来の旧労働協約が全部効力を存続しているとみる原判決は少くともユニオン・ショップ条項に関する限り、右労働組合法第十四条の解釈・適用を誤るものであつて、この法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第二点

1 原判決は、「控訴人は前示のとおり現に有効に存在している労働協約第五条のユニオン・ショップ協定により組合員たる資格を喪失したものを解雇すべき義務を負つているところから、その義務履行として、組合を除名された被控訴人を解雇したもので、除名の有効・無効は解雇自体の効力とは本質的に何等の関係がないとみるべきであつて、被控訴人主張の如く解雇のときに遡つて無効とする法理上の根拠を見出し難い」とするが、これはユニオン・ショップ協定の効力が憲法第二十八条の団結権にその根拠をもつものであることを忘れ、形式的契約理論にはしつたもので、右憲法第二十八条の適用解釈を誤つた、少くともその趣意に違背したものである。

原判決の考え方はユニオン・ショップ条項が、いわゆる債務的効力しかもたないとの立場に立つものであるが、この考え方からすれば、被上告人会社が上告人を解雇するかどうかは、上告人と組合との関係とは全く別個の個別的労働契約の問題となる。

従つて被上告人会社は除名とは無関係に上告人を解雇する理由がなければならない。

かゝる場合、一般には会社が組合に対し被除名者を解雇すべき義務を負うからといつて、当然に解雇できるわけではない。

就業規則や労働協約に解雇基準が定められ、そのなかに組合からの除名が解雇理由としてあげられていない以上当然には解雇は適法かつ有効なものとは認められない。つまりユニオン・ショップ協定に基く解雇が有効となるためには、就業規則や労働協約の解雇基準に適合する事由の存する場合でなければならないと論ぜられている。

原判決は、この点について、引続き「元来使用者は解雇制限(労働基準法第十九条参照)、ないしは労働協約に規制されている場合を除き、解雇の自由を持つているものである。」として、特に個別的労働契約上解雇理由を必要としないと考えているようである。

然しながら被上告人会社と労働組合の間には乙第一号証の労働協約に明らかな如く、その第十一条に解雇基準が定められ、かつ乙第二号証の就業規則第四十五条にも同様に解雇基準が定められている。

原判決は第一点において述べたように、旧労働協約は全部有効に存続しているとするのであるから勿論右第十一条も有効であるとされよう。

そうするならば、原判決は自ら労働協約による規制を認めていながら、この点について全く説明をしていないことは如何なる理由によるのであろうか。

また就業規則に解雇基準を設けた場合はその基準に該当する事由がなければ解雇しない趣旨に、使用者自ら解雇権を制限したものと解すべきであるから、これに該当する事由がないのになした本件解雇が無効であることも明らかである。

別個的労働契約の履行に関する瑕疵が全く問題となつていない本件解雇は、原判決の考え方からしても、権利濫用として無効というのほかないものである。

原判決はこの点、判決に理由を附せず、または理由に齟齬ある場合に該当し破棄を免れない。

2 原判決は更に傍論として、除名無効の場合における解雇に伴う不利益の救済を組合との間で解決すべしとして、「手続的に正当な除名の通知があれば使用者は解雇すれば足り、これによつて生ずることあるべき危険負担は組合との間で決せらるべきものと考えるのが相当である。」という。

然しながら原判決の立場からは、除名と解雇の問題は全く切断されるというのであるから、仮りに組合との間で除名無効を理由に損害賠償の訴を提起してみても、その損害額を算定するに当つて解雇に伴う分まで当然に因果関係あるものと考えることができるであろうか。組合からその分は会社相手に訴訟しろという反論が成立しないであろうか。

除名が解雇理由とされているならばともかく、仮りにそれが解雇の一動機になつたとしても、会社の全く自由な意思による解雇であつてみれば、除名と解雇の間には因果関係を認めることは困難であろう。

解雇予告手当は別として、解雇によつて喪失した得べかりし利益(将来の賃金)を組合相手に請求し得るとすれば、それには除名が解雇理由とされていることが必要であつて、これは原判決の考え方とは矛盾する。

ユニオン・ショップ協定が債務的効力しかなく、解雇は個別的労働契約の問題で別個のものだとする立場から、なおも除名を原因とする解雇だというのであれば、除名の問題が個別的労働契約に如何なる関連を有するかが明らかにされねばならないであろう。

従つて一般にはさきに述べた如く、解雇基準の定めがある場合はそのなかに「除名の場合は解雇する」趣旨の定めがなければならないといわれるのである。

また解雇基準の定めがない場合であつても、何らいわれのない解雇は、労働契約が実質的不平等の立場にある当事者間において締結されていること、解雇によつて労働者の蒙る現実の生活上の不安等を考慮すれば、解雇自由とはいつても、それは公序良俗並びに労使間の信義則に反し権利濫用として無効であるといわねばならない。

除名が解雇の原因であるという以上、除名が組合と被除名者間の問題で会社はこれに関知しないとは云えないのであつて、原判決は除名は組合内部の問題で解雇とは関係ないとしながら、除名通知の事実があればそれだけで以て直ちに解雇が有効であると云うが、それは解雇が組合との関係で適法な義務履行というだけのことであつて、その解雇が有効であるためには、少くとも権利濫用にわたらないだけの個別的労働契約上の解雇理由が存在しなければならない。

ユニオン・ショップ協定があるから権利濫用にわたらず有効であるという議論は、ユニオン・ショップ協定という会社・組合間の集団的労働関係の問題を個別的労働契約の問題と結びつけたもので、即ちユニオン・ショップ協定の効力が債務的効力だけでなく、いわゆる規範的効力をもつという考え方であつて、この点原判決は自己矛盾に陥る。

ユニオン・ショップ協定に基き、除名があつたから解雇したというのであれば、それはユニオン・ショップ協定を媒介として除名が解雇理由として挙げられているのであるから、被除名者が解雇理由である除名の無効を主張して解雇の効力を争うのは、当然であつて除名無効の立証が出来れば解雇が無効となるのは論理の必然である。

以上のとおり仮りに原判決のユニオン・ショップ協定についての考え方を肯定する立場からみても、原判決は上告人に対する解雇を有効とする理由を何等示していない。

第三点

1 第二点でのべたように、原判決は除名の有効・無効と解雇の有効無効は関係がないから、上告人の除名無効の主張は理由がないというが、これはユニオン・ショップ協定の効力についての考え方を誤るものであつて、同協定の効力は憲法第二十八条の団結権の規定の解釈・適用から債務的効力のみならず、規範的効力をも有するものとみるべきである。そしてこれに基く本件解雇は除名を理由とするものであるから、第一審判決が判示しているように除名無効が証拠上明白である以上、ユニオン・ショップ協定の存否を問うまでもなく、本件解雇は無効である。

ユニオン・ショップ協定は労働者の団結権擁護の見地にその法的根拠をもつものであるから、当該ショップ協定による解雇が有効性を担保するためには真にそれが団結権擁護のために機能する場合でなければならない。

会社の被除名者に対するユニオン・ショップ協定による解雇は、除名処分が有効であることを前提として組合に対する義務履行として行なわれるところに法的根拠をもつ(こゝに団結の強制が働く)ものであるから、除名が無効であれば、これに基く解雇は法的根拠を欠き無効である。無効な除名の場合にもこれに基く解雇を有効として労働者に解雇という重大な不利益を求める法的根拠は全くない。

かゝる場合、団結の強制を働かせる余地はない。

この点から、ユニオン・ショップ協定は組合が特定の組合員を不当に排除することに利用されてはならないし、会社の不当労働行為に利用されてはならないのであるから、懲戒権の発動として除名がなされる場合、それが団結権擁護のため正当に行使されてはじめてショップ協定はその発動の実質的根拠を有するものであつて会社の組合に対する団結権擁護の協力義務が実質的に存在するのであり、このような実質を欠いて形式的手続的にユニオン・ショップ協定が働く場合は、会社の組合に対する実質的解雇履行義務は具体的に発生しないものと云わねばならない。

かゝる場合の解雇は適法な義務履行であるが、実質的に義務なき解雇で無効である。

本件の場合、除名の実質的理由なく、手続的にもこれがなされておらず、組合はこの故に離籍の取扱いをしたものであつて、上告人の意思に基かずして離籍されるということは、除名以外にないのであるから(甲第二十二号証組合規約第十二条)、これは離籍に名をかりて不当に上告人を組合外に放逐しようとするものと解せざるを得ない(会社は頭初からこれを予想して和解契約をしたのであつて、そこには会社・組合間の一種の通謀さえみられる状況がある)。

従つてまさに団結権擁護のためにユニオン・ショップ協定が機能する実質的根拠を欠く場合であつて、被上告人会社のなした本件解雇は無効である。

2 除名無効即解雇無効の考え方は殆どの下級審の裁判例は論理のはこびに違いはあつても、結論としてこれを認めており、ユニオン・ショップ協定は、かゝる立場で現実に機能している事実を見逃すわけにはいかない。

除名の有効無効と解雇の有効無効とが必ずしも関連しないと判断したものの如くうけとれるとして、被解雇者が名古屋交通労働組合を相手としてなした地位保全仮処分申請事件の昭和二六年一月三十日最高裁判所第三小法廷判決を挙げるものがあるが、これは仮処分の既判力の点につき判示しているのであつて、理論的に除名の有効無効と、解雇の有効無効の関係まで判断しているものではない。かえつてショップ条項によつて解雇されたあとは、解雇失業という損害をさけるには、使用者を相手方として解雇の効力停止の仮処分を申請すべきだといつているのであつて、これは除名を原因とする解雇について、除名無効を主張して解雇の効力を停止しうる仮処分が使用者との間でできることを認めていると解されるのであつて、理論的に除名の有効無効が解雇の有効無効と関連があることを前提としたものである。

また不当労働行為とユニオン・ショップ条項による解雇との関係につき、旧労働組合法違反労働関係調整法違反被告事件として、昭和二十四年四月二十三日最高裁判所第二小法廷の判決があるが、これもショップ条項がある場合の使用者の解雇について、その履行義務の存在を確認した上、その履行にあたり不当労働行為該当の問題が考えられる余地があることを判示し、この使用者の不当労働行為の意思の介在によつて刑事責任が発生することを云つたものである。

従つてかゝる不当労働行為該当の事実がなければ直ちにその解雇が有効であるとの判断を示したものではない。

解雇の有効無効の問題とは別個に、使用者の不当労働行為の違法性を論じたものである。

不当労働行為は使用側の意思の問題についての側面であるが、組合内部の問題である除名についても、その理由がなく無効の場合は解雇自体の有効性が問題となること前述したとおりである。

この判決で審理の上で検討すべき事項として挙げた諸点は解雇自体の有効無効の問題についても同様であろう。

原判決は不当労働行為該当の問題について上告人の主張を認めず、本件解雇を有効としているのであるが、これは右に述べたようにユニオン・ショップ協定の履行の点に関するものであつて、解雇自体の実質的面からの有効性につき判断してない。

ユニオン・ショップの団結強制の機能を理解せず、除名と解雇との間の関連性を形式的契約理論にとらわれて、原判決はユニオン・ショップ協定を通して、団結の強制を認めようとする憲法第二十八条の趣旨にそわないものであつて、破棄さるべきである。

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